満開の桜

価値を提供し続ける姿とは?

 

先日の休日に家族連れで花見に行ってきました。
だいたい毎年この季節になると桜を見に行っていますね。

 

あなたはお花見行きましたか?

 

今回はお花見をしていて思った事を少しブログ記事にしてみようと思います。
ではまず、人って「なぜ花見をするのか?」というところ(視点)からいきましょう。

 

理由はそれぞれあると思いますが、やはり「花」、今回で言えば「桜」に価値を感じているからだと思います。
「桜に価値」というとなにか小難しく感じるかもしれませんが簡単に言えば、

 

「わ~きれいだね」

「なんか癒されるなぁ~」

 

など、「人を感動させている」「人に喜ばれいる」という価値を桜が提供しているからこれだけの人が花見をしに来るし、これをビジネス的に言えば「集客」できているという事になります。

 

価値をしっかりと届けると、人は自然に集まってくる(集客できる)という部分は、なんだか桜(自然)が教えてくれているようにも感じますね。

 

無償の愛のカタチ

 

桜(自然)がすごいなと感じる部分は、「桜(自然)は見返りを求めていない」という事です。
例えば、ビジネス(アフィリエイト)で言えば「集客したい」から価値のあるブログ記事を書こうという理由(見返り)があります。

 

当然ビジネスでブログをやっているわけですから、まあ当たり前の事ですよね。
しかし花見でいうところの「桜(自然)」は、ただそこに咲いているだけで人に価値を届けています。
つまり「理由」がないんですね。

 

  • 「ただ存在するだけで価値がある」
  • 「ただ在る」

 

これってさりげなくやってますが、やっぱり自然は偉大というか何気にすごい事だと僕は思うんですよね。
そしてこれに似た話がスピリチュアル(悟り系)でもあります。

 

「あなたは存在するだけで価値がある」

「あなたはそのままで完璧」

「ありのままで」

 

この「ありのままで」という言葉は、ディズニー映画の「アナ雪」で一時期よく出てきたフレーズでしたね。
こうした言葉はどこに需要があるかと言えば、とくに現代の比較、競争社会で「疲れ果てた人」に響く言葉です。

 

確かに「ある視点」からすれば、間違った言葉ではないです。

 

「そういう視点もあるよね」

「そういう時期が必要な人もいるよね」

 

という視点の話です。

 

これは例えるなら「止まり木で休む鳥」のようなもの。

 

鳥は飛ぶ事が確かに大事だけど、やたらに飛び続けてもカラダ(羽)を壊してしまいます。
だから一時期は止まり木で羽を休める事も大事な仕事。

 

先ほどの「あなたはそのままで完璧」というのも、頑張り過ぎた人が一時的に休むという目的にはいい言葉になります。ただ、やはりそれは「一時的」な話。

 

鳥も生きていくためには、いつまでも止まり木で休んでいるわけにはいかないように、人間もいつまでも思考停止状態にいるわけにはいかないですよね。

 

生きていくためには最低限のお金も必要だし、日本に住んでいる以上は税金も払わないといけないように、休んでばかりでは生きていけない世の中。

 

こうした「思考停止させる言葉」のメリットは居心地がいいので「楽」という事。
そしてデメリットは「楽」な分、自分の可能性をごまかすような人間、もっと言えば「ダメ人間」にさせてしまう言葉とも言えます。

 

まあそれも含めて結局、「自分自身で気付く」しかないんですけどね。

 

価値を与え続ける自然

花見の桜

 

また別の視点の話です。
先ほどの「桜は人に価値を与えてる」という話を、もっと俯瞰してみると「やっぱり自然って偉大だな」という事が改めてわかります。

 

例えば、人間が呼吸をできるのは当たり前じゃなくて「木が酸素を作ってくれている」からですよね。
なのに木が人間に「今月の酸素代をください。」と請求することはありません。

 

人間が立って生活できるのも地球があって宇宙空間があって重力が存在するからです。
なのに地球が「あの~先月の地球代まだもらってませんけど?」とか言いませんよね。

 

太陽があるから地球の生態系が維持できているのに、「今すぐ去年の太陽代払えゴラァ~!」とかも言ってきません。これらの価値はきっとお金に換算するととんでもない額になるのに、自然は「見返り」を求めません。価値を与え続けています。

 

「でも地震とか津波の自然災害だってあるよね?」

 

確かに自然災害で被害を受ける事(マイナス面)はありますが、地球全体で見ればやはり恩恵を受けている(プラス面)部分のほうが断然多いと僕は思います。

 

「無償の愛」という言葉があるように、自然は人間に対して価値を無条件で与え続けています。
(厳密に言えば「人間に対して」というより、「ただそうで在る」という表現が近いと思いますが。笑)

 

そういう視点から見ると、私たち人間は「生きている」のではなくて、「生かされいる」という言葉のほうがより正しいのかと感じます。

 

お花見の話まとめ

 

自然の力の前には人間の力なんて微々たるものかもしれないですが、自然の「価値を与え続ける姿勢」というのはビジネス的にも通じることだと思います。

 

自然(桜)という偉大な先輩の背中を見て、改めて学ぶことが多いと感じたお花見でした。

 

 

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